TOP魔法少女リリカルなのはO's>第三話 第八回「生・死に別つ」

――アルステルエリア、シング出現地点
 
 疾駆する鬼が踏み出す足の力強さは、さながら一歩一歩が砲弾のように地面を抉るほどに荒々しいものだった。鬼が地を踏めば周囲の草が根こそぎ蹴散らされ、鬼が足を踏み出せば周囲の地面が抉れて穴を穿つ。
 明らかに、2メートルに満たない体長の鬼が持っているべき質量を超えた現象だ。先程攻撃を加えた際に接触したときも、それほどの大質量を有している肉体だとは感じられなかった。
「攻性フィールド……いや、効果付与(エンチャント)か」
 故に冷慈は、その現象をそう推測する。
 外部へ向かう反作用を強化する効果。つまり手足が生む物質への衝撃を倍加させる効果を拳と脚に纏っている、と。見た目に違わず、原始的かつ暴力的な能力だ。
 山が鳴るような低い雄叫びを上げながら、鬼は真っ直ぐにこちらへ向かってくる。その狙いは、並んで立つ三人の中央――冷慈だった。
 それに気付き、より姿勢を低くして突進に身構える冷慈に対して、鬼はニヤリと口の端を吊り上げると、地に一際大きなクレーターを穿ちながら高々と跳躍した。振りかぶり、叩き付けるように振り下ろされる右腕。
「ぬ、……くぁッ!」
 ドズンッ、と跳躍の際に生まれたものよりも更に巨大なクレーターを穿つ一撃。巨大な岩を真上から投げつけられたような力任せの衝撃を、冷慈はなんと真っ向から受け止めた。(ライト)ベイオ・フラガラッハの銃床からオーラエッジを全力で展開し、逆手に構えた刃で殴り返す要領で思い切り叩き付ける。
 鬼の拳から放出される魔力とベイオの刃が鍔迫り合う衝撃がバチバチと奔流となって吹き荒れ、両者の動きが刹那の間静止する。その状態を一瞬でも長く維持しようと、冷慈は歯を食いしばって踏ん張る足に力を篭めた。
「――んなくそ!」
 その隙に、ヴィータが横合いから攻撃を加える。2度3度と回転を加えた重量級の一撃を、しかし鬼は空いた片腕で防いだ。がくんと空中で静止した体が傾いだが……それだけだ。
「ばッ、マジかよ!?」
「退いていろヴィータッ!」
 咄嗟に繰り出したものとはいえ渾身の一撃だ。それを軽々と受け止められたことにヴィータは驚愕し、反撃を恐れて慌てて距離を取る。入れ替わるようにしてシグナムが斬り掛かるが、焼け石に水だ。殺傷力では勝るが重さに欠ける斬撃を、鬼は突き出した左手から発した衝撃波で弾き返した。
 その、一瞬鬼の意識が防御へ向かう瞬間を突いて、
「……ほい、隙有り」
 膠着状態を脱した冷慈が反撃に転じる。攻撃を受け止めているRベイオをそのままに、(レフト)ベイオ・アンサラーを腹に押し当てて引鉄(トリガー)を絞る。防ぐ手段の無い3発の射撃で攻勢が緩んだ隙に、Rベイオと接触していた拳を受け流しながら体ごと回転し、背中に蹴りを見舞う。
 蹴り自体に然程の威力はないが、鬼は自身の膂力を受け流されたことでつんのめり、肩から派手に転倒した。受身も取れずに倒れ込む背中に、冷慈は追撃。跳躍からの飛び蹴りを見舞おうとする、が。
「む!?」
 手を突く暇もなく肩から倒れた鬼は、あろうことかその衝撃でまで地面に大穴を穿った。その事実に驚き、咄嗟に反転して距離を置く冷慈。
 肩口から突っ込んであの衝撃……ということは、つまり衝撃倍加の効果は手足だけでなく、全身から発せられているということだ。それを察して、ヴィータとシグナムも油断無く構えたまま追撃を控えている。
 遠距離戦を全て否定した立ち回り。
 攻撃に用いるだけではなく、攻性防壁の役割をも果たすエンチャント。
 機動性は低いが速度は決して遅くはなく、自分を中心とした体捌きにはそれなりの反応を見せる敏捷さ。
 大きく分けてこの三つが鬼の基本戦術、切れるカードということになる。一瞬の攻防だったが、安易に回避行動を取らずに攻撃を受けたことで把握できたものは少なくない。
 その代償として右腕に若干の痺れが残っているが、そんなことはさしたる問題ではない。
 問題は、むしろ別のところにあった。
(硬い、な。風穴開けるつもりで撃ち込んでやったんだが……)
 アンサラーによる3発のエナジーバレット――それは人体で言えば肋骨と腰の胎盤を避け、硬い腹筋の脇にある肉と肉の境目を抉るように狙った攻撃だった。連射が利き精度の高い自動式拳銃(オートマチック)型のRベイオと違い、回転式拳銃(リボルバー)の機構を持つLベイオの魔力弾は、威力と貫通力に優れたハンドキャノンに近い大口径だ。それを至近距離どころか零距離から3発も食らって、風穴はおろか傷一つついていない。衝撃による無意識の防御が働いていたとしても、驚嘆に値する防御力といえた。
 ヴィータのテートリヒ・シュラークを片腕でガードしたことからも、恐らく並みの衝撃では鬼の衝撃を貫くことはできないだろう。衝撃が徹らなければ、貫通力など発揮されようはずもない。事実上、冷慈の最も基本的な射撃魔法であるエナジーバレットは封殺されたことになる。
「……ふむ」
 獣のように頭を振って起き上がる鬼を注視しながら、冷慈は考える。
 先の攻防、終始攻撃を続けていた鬼だが、行動自体は防御に充てることの方が多かった。エナジーバレットに対しては防御する余裕のない隙を突いたものの元より防ぐ必要などなく、衝撃に物を言わせた破壊力を持つテートリヒ・シュラークはガード、だがシグナムの一撃に対しては攻撃されるより前にそれを封じるように迎撃してみせた。その理にそぐわない行動こそが、有効な攻撃を与えるヒントとなるはずだ。
「――ちぃッ、様子を見る他ないか」
 やりようによっては攻性防壁を貫いて致命傷を与えることも不可能ではないが、下手に撃破して再生を許し仕切り直しになってしまっても困る。
 冷慈は持ち前の機動力で鬼をかく乱しながら地道な攻撃を繰り返し、防壁を攻略するための何かを掴むまでの時間を稼ぐように、戦い方をシフトした。
 
     *
 
 一方支局のオペレーティングルームでは、生体ENや魔力反応などの各種情報をモニタリングしながらも、エイミィが何とかして光学映像を映し出す方法を模索していた。
 熱量からサーモグラフを起こしてCG化。
 質量の推移から立体映像を起こして毎秒60コマの高速描写。
 果ては超音波の反射で物を見る蝙蝠のように、空気の振動をリアルタイムで反映するといった離れ業まで持ち出す有様だ。だがそれによって、少なくとも状況を把握できる程度には視覚情報を映像化できるまでに至っていた。
 背後ではそうして映し出された仮想映像を、一同が固唾を呑んで見守っていた。冷慈のことやシングのことなど、簡単な質問をリニスがフェイトやアルフに答えてやっている以外は、皆沈黙を保っている。
 今日はシグナムとヴィータだったが、別の機会には自分が戦うことになるのだ。少しでも何かを学び取ろうとでもしているのか、一秒でも見逃すまいと必死にスクリーンを見つめ続けている。
 そして、そんな皆を後方から情報面でサポートするのが自分の仕事だ、と、エイミィはひと段落した情報の可視化を置いて、表示されている各種反応レベルを確認した。
 そこで、息を呑む。視線を傾けると、隣で腕を組んだ姿勢でモニタを覗き込んでいたクロノと目が合った。
「どうした、エイミィ?」
「クロノ君、これって……」
 指差した先は、シングが放っている魔力量を数値化したものだった。常に変動する現在値から最高観測値、最低値、平均値と、様々な情報が入り乱れるように移り変わっている。
「――あぁ。さっきレイジさんが言っていただろう? 再生型シングは、再生してからが本番だ、とね」
「それがつまり、こういうこと? でも、どうしてこんな急に……」
 言ってエイミィはコンソールを操作。再生前のシングから観測した魔力量と、現在確認できる魔力量の平均をそれぞれ比較する。
 現在の衝撃付与(ストライク・エンチャント)を展開しているシングと比べると、再生前のシングは30%にも満たない量の魔力しか発していなかったという事実が、そこには数字によってはっきりと表されていた。
「大分前の話になるけど、僕も一度ここでレイジさんの訓練を受けながらシングと戦ったことがあるんだ。あのときはリーゼ姉妹も一緒だった。僕は直接戦ったわけじゃないんだが、実際にレイジさん抜きで再生型シングと戦った二人が言っていたよ。シングの生体ENは、同じENでも形や用途を変えて蓄積されているんじゃないかってね」
 横合いから身を乗り出してクロノがコンソールを操作する。新たに表示されたのは、エイミィが変換した仮想映像から起こした、限り無く実際のものに近い鬼のシングのシルエットだった。その胸の中心辺り――ちょうど人間でいうリンカーコアがある部分が、白く点滅している。クロノは、その部分を更に拡大した。
「命として現在使われているENを中心に、生体魔力として変換されるものが取り巻き、再生のための命を補充するためのものが殻のようにそれらを包む――ちょうど卵のようなこの形が、シングが体内に持っている生体ENをわかりやすく可視化したものだ」
 可視化という通り、実際にシングの体内にこのような機構が存在しているわけではなく、あくまで例えだ。仮にシャマルの旅の鏡によってシングのコアを露出したとしても、画像のような卵状の物体が摘出できるわけではないだろう。
「えと、つまり今は再生のためのEN――つまり殻の一部が再生に使われて、今は破れた殻の隙間から魔力がコアの外に溢れてる状態ってこと?
「というより、魔力に変換されるENを覆っていた殻が破れて、運用効率が上がっていると思った方がいい。既に穴が開いているわけだから2度目3度目の再生ではあまり変化は見られないだろうけど、最初の再生を終えたシングの魔力量は劇的に上昇するんだ」
 しかもシングの魔力は、リンカーコアによって魔力素を取り込んだ後に再変換する必要がある通常の魔力と違い、チャージという概念を持たない。ニアSクラスの魔力が常時発散されているのと同じ状態だ。それならそれですぐに底を尽きそうなものだが、生体ENと違い生体魔力は常に体内で生成され続けるものなので、事実上限界がない。純粋な魔力とは性質が異なるため、魔力ダメージも効果がない。そして、再生に用いられる生体ENが尽きるまで殺し続けなければ倒せない。
「……レイジさんほどの人間じゃなきゃ務まらないわけだよ、ゲシュペンストの単独管理なんて。レイジさんが言ってた通り四肢型は滅多に見ない稀な例なんだが……こんなものが次々現れたらと思うとぞっとするよ」
「で、でも大丈夫、なんだよね……? 三人で」
 心配そうな表情で振り返るエイミィの肩を、クロノは軽く微笑んで叩いた。
「もちろんだ。厄介で手強い相手だけど、あの三人が遅れを取るような相手じゃない。苦戦しているように見える今も、レイジさんはじっと勝機を窺っているはずだよ」
 言って見上げたスクリーンの中では、冷慈が涼しい表情で鬼の攻撃をいなしていた。そこにヴィータやシグナムが畳み掛け、激しい空中戦の後に鬼が墜落する。未だ有効なダメージは与えられてはいないが、三人が有利は揺ぎ無いように見えた。
「僕らはただ信じて待っていればいい。そして出来るなら、こうして少しでも情報を得て伝えてあげればいいんだ。現場じゃわからないことでも、僕らなら気が付けることもある」
「ん……わかった」
 きっ、と瞳に力を取り戻して、エイミィがコンソールに向き直る。めまぐるしく移り変わる情報を整理して、シングの行動パターンを洗い出し、弱点となり得る情報を探る。情報こそが、通信士の戦いなのだ。
 
     *
 
「く……っ、レヴァンティン!」
 具体的な策も浮かばぬまま、戦いは続いていた。
 鬼は攻性防壁を貫通した攻撃を受け全身にかすり傷をいくつか負っているものの、その動きに衰えは一切見られず、3人は安易に倒すことができないという状況下で、じりじりと後退を余儀なくされていた。
 数の利、資質の利、速度の利。戦力的に分析すれば間違いなく有利なのはこちらだが、冷慈はともかくヴィータやシグナムは手加減や時間稼ぎといった戦いを不得手とする魔導騎士だ。冷慈がフォローする形で辛くも戦線を維持してはいるものの、消耗の度合いは刻々と目に見えて表れ始めていた。
《Schlange form》
(はし)れっ!」
 鬼の拳を刀身で受け吹き飛びながら、シグナムはカートリッジをロード。シュランゲフォルムに変形させたレヴァンティンを薙ぎ払う。波のようにうねりながら襲い来る連結刃の暴風を、鬼は本能的にか、咄嗟に腕で防ぎに入った。
 ギャリリリッ! と衝撃に反発されながら火花を弾けさせる連結刃。だがその衝撃は次第に弱まり、全身から発せられている斥力はじわじわとその威力を減衰させる。
“――ッ!”
 堅牢なはずの防御がみるみる削られていく様に怯え、鬼は思わず飛び退った。そこに、
「ナハト殿、頼みます!」
「任されたっ」
 後方から、シュランゲフォルムの刃の隙間を縫うようにして冷慈が両手のRLベイオでの連続射撃。度重なる攻撃に、フィールド状の攻性防壁に亀裂が走る。更に鋭角的な直線機動を駆使して連結刃を躱しながら接近した冷慈が、デュアルエッジ――銃口と銃床両方から展開されたオーラエッジでの8連撃を見舞う。
「コイツで……決めろ、ヴィータ!」
 トドメの一撃、残像を残しながら瞬時に背後に回りこんだ冷慈が、上空で待機していたヴィータ目掛けて鬼を蹴り上げる。その位置で、限界寸前まで辛うじて維持されていた防壁が跡形も無く崩壊した。
「ラケーテン――――ハンマァァアアッ!」
 防御を失い完全無防備な腹部に、落雷の如き一撃。深々とめり込んだ鉄槌が硬い皮膚を抉り、魔力噴射による運動エネルギーが鬼をボールか何かのようにダイレクトに地面に叩き落す。それによって穿たれたクレーターは衝撃付与によるものではなく、単純な物理衝撃によるものだ。
「殺してないだろうな?」
 攻撃を終え近付いてくるヴィータに声をかける。
「おう、加減してある。にしても……これじゃいい加減埒が明かねーぞ? そう何度も凌ぎ切れねぇ」
 冷慈はまだ涼しい顔をしていたが、ヴィータは既に額にじわりと汗を滲ませていた。見ればシグナムも、心持ち息が荒い。
(悠長に構えすぎたか。思ったより消耗が激しい……)
 シグナムもヴィータも、先ほどから鬼の強固な衝撃防御を突き崩すために出力を上げていたため、疲労の色が濃く窺える。後は任せて退がっていろと言うのは簡単だが、それではただ二人のプライドを傷付けるだけだろう。
 それに、こうして辛うじて優勢を維持してはいるものの、あの鬼とて決して防御力が高いだけの木偶ではない。冷慈の見立てでも鬼の魔力資質はAAAに+がつくかつかないか……底を知らない魔力効率を誇る再生型という点を鑑みれば、Sランクは堅い。これ以上続けても追い込まれるだけだ。
「仕方ない。一度無理にでも倒して、再生中に回復を図っ……む?」
 余力を残している内に一度仕切り直そうと指示を出しかけたところで通信が入った。耳に手を当てる冷慈。その間も、少しでも二人に負担をかけまいと、再び攻勢をかけてきた鬼を銃撃で牽制し続ける。
「アイツ……さっきまで無作為に突っ込んで来た癖に、一丁前に回避を覚えてきたか。――どうしたエイミィ! 何かわかったか!?」
 まだ挙動こそ乱雑だが、鬼は確実に戦い方を覚えてきていた。初めの戦闘と暴力の区別もついていなかった頃と比べれば、急激とさえいえるほどの成長だ。
 冷慈は通信に意識の何%かを割きながら、時に挑発し時に敬遠しながら、主導権を失わぬよう巧みに鬼を翻弄する。
『ようやくシングのパターンが洗い出せたんです。ここにきて回避行動を取るようになっていますが、今までシングは攻撃に対して主に防御行動を取ることで対処していたことは、気付いていますよね』
 それはわかる。だからこそ三人は衝撃防壁(ストライクフィールド)という物理的な防御力を持つ魔力障壁を貫くため、それ以上の攻撃を余儀なくされこうして疲労しているのだ。
「ああ……それで?」
『ですが、一部の攻撃に対しては防御ではなく、強引にでも回避行動を取ろうとしている形跡があるんです。回避行動というか……攻撃前にそれを封じることで防ごうとしていたようです』
「最初の……シグナムの攻撃を跳ね除けたようにか」
 そこまでは冷慈も気が付いていた。だがあれはシグナムにとっても何の変哲もないただの斬撃だったはずだ。それ以降も鬼は時折攻撃を防ぐように迎撃してきたことはあるが、それが弱点に繋がる何らかの行動を封じるためのものなのか、ただ反射的な防衛によるものなのかまでは、戦いに専念していた冷慈では判断がつかなかった。
『エネルギー攻撃です』
「――何?」
 執拗に食い下がる鬼の攻撃を避ける。乱雑に振り回される拳を掻い潜り、あしらうように蹴り飛ばしたところで、冷慈は眉を寄せながら聞き返した。
『シングの発している衝撃は強力です。並の物理攻撃はおろか、魔力による衝撃であるために通常の魔力弾も同様に防いでしまいます。でもそれだと、なまじ防御を抜けるだけの強力な攻撃であるために、ただ倒して仕切り直しになってしまうだけ……』
「そうだ。ただ倒すだけなら問題はないが、再生させないようにするには障壁を貫くのではなく、引き剥がした上でヤツ自身の生命力を弱める必要がある。邪魔な障壁を再展開されないうちにな」
『はい。物理攻撃、純粋魔力弾は効果が薄い……ですが、物理的な現象によるエネルギーなら話は別です。最初にシングがシグナムの攻撃を恐れて迎え撃ったのは、再生前に受けた紫電一閃が纏っていた炎を、本能的に恐れていたからだと考えられます』
 通信と同時に、向こうで確認したらしいデータ群が送られてきた。手早く空間モニタを展開して確認すると、それは鬼が明らかに回避行動を取ったと思われるこちらの攻撃を列挙したものだった。
 炎熱変換の気配がある攻撃全般に、空間干渉を用いた冷慈の蹴り技。ヴィータの飛び道具に対しても、いくつか回避を試みている形跡が見られる。
「……なるほど、シグナムの紫電一閃を始めとする炎熱系の攻撃全般に、俺のカラドボルグもか」
 カラドボルグは本来は空間を圧縮して打ち出す近接攻撃型の格闘魔法だが、チャージの段階で空間を圧縮する際、同時に静電気を束ねて放電することもある。確かに一度威力を抑えたカラドボルグを放って以来、鬼は冷慈の脚を用いた攻撃を警戒するようになっていた。
『炎熱、電撃、凍結――何でもいいんです。とにかく物理的な作用で発生したエネルギーによる攻撃なら、』
「魔法によるものだろうがなんだろうが、衝撃防壁も関係なくダイレクトに叩き込める、か。上出来だ! シグナム、ヴィータ、聞いてたな!」
「応よッ!」
 呼びかけながら振り返れば、不適な表情のヴィータとシグナムがそれに応えた。同時に散開して距離を置いているところを見るに、委細説明せずとも意図は伝わっているようだ。
「動きは俺が止めるからな、倒すつもりでやって構わん。一瞬でも息があれば、あとは俺がトドメを刺せる」
「了解です!」
 じゃらり、とシグナムがシュレンゲフォルムの刃を鳴らしたのが合図だった。決定打を繰り出す気配を察したか、今までにない速度で踏み込んで来た鬼を、冷慈が迎え撃った。
 恐らくは戦いの中で習得したのだろう、今までのような乱雑ではない空手に似たスタイルの正拳を、合わせるように繰り出したハイキックで相殺する。攻撃、反動、防壁三要素から織り合わされた衝撃が右足を軋ませる……が、構わず冷慈はそれを振り抜いた。
「――今だ、やれっ!」
 近接格闘から派生する捕獲(バインド)魔法。攻撃の延長線上に拡散させた真空の鎖で拘束する冷慈のヴァキュエティ・ディバイダーが、鬼の手足を戒めた。決定的な隙。
「お先! ラスト一発になりそうだけど……頼むぜアイゼン!」
 まず飛び込んだのはヴィータだった。アイゼンをハンマーフォルムに変形させ、カートリッジをロード。
《Flammeschlag》
 回転を載せた一撃が防壁越しに胴体に直撃し、同時に着弾点から鬼の全身を覆うほどの炎が湧き上がる。フランメ・シュラークの一撃に激しく炎上しながら、鬼は声にならない苦悶の叫びを上げた。
「あまり使わない技だが、切り札というのは取っておくものだな。レヴァンティン!」
 続けてシグナムの攻撃。カートリッジをロードし、刃で螺旋を描くようにシュランゲフォルムを振るう。連結刃に纏った激しく燃え上がる炎が、螺旋の中で密度を高め蛇のようにうねる。
《Jawohl, Brennenbeisen!》
 さながら一本の長大な大剣のようになった炎熱を伴う螺旋を、レヴァンティンの発声と共に振り抜く。刃の中で巨大化した炎の蛇が、襲いかかるように炎上を続ける鬼の体を飲み込んだ。
「は、やるじゃないかエイミィ。君の言う通り、これ以上ないくらい効いているぞ。――さて、締めといくか」
 言って、冷慈は両手のベイオそれぞれでカートリッジを一発ずつロードする。
 ガシュッ! と一際大きな排莢音と共に、左右のベイオが変形しその形状を変える。
 Lベイオ・アンサラーのバレルが左右に開き、180度回転して上を向いたシリンダとグリップはより長大に。
 Rベイオ・フラガラッハのグリップが後方に曲がりライフルのような直線型に伸び、スライドごとバレルが元の5倍程の長さまで延長し更に太く重厚に。
 
エンゲージ(、、、、、)――」
 
 とても武器として用いるものとは思えない形状に変化したそれを、唱えながら組み合わせる(、、、、、、)。Lベイオの開いたバレルにRベイオを差し込むと二つは更に偏見、二つの銃剣を繋ぎ合わせた一挺の長大なライフルへ。結合部からフォアグリップが展開し、長大化したバレル周囲に六角形の覆いが現れ、全体を固定するように包む。Lベイオの名残であるシリンダを中心に機関部が巨大化すると、合体したベイオはさながら対戦車砲にも似た暴力的なシルエットに変貌していた。
 二にして一、複にして単。剣としての側面を捨て、銃としての威容をより凶暴的に体現したフォルム。システム=アームドデバイス、RLベイオネット――その本来の姿の一つ。
 
「――コード・タスラム、変形完了(トランスフォーム・プロセスコンプリート)。……ふむ、久しぶりだな、この重量感も」
 
 ジャキンッと音を立てて冷慈は砲型ベイオ――タスラムを構える。右手で逆手に握ったグリップを腰溜めに、左手で側面から伸びたフォアグリップを掴み照準を絞る。銃口を突きつける先、鬼は今だ炎に巻かれながら、とうに解けたバインドに気付く余裕すらない様子でのたうち回っていた。
「はは……アレが武器型(アームド)ってガラかよ。どうせ名付けるなら兵器型(ミリタリー)っつった方がお似合いなんじゃねぇか……?」
 合体変形という他に例を見ない特殊過ぎるデバイスの機構を目の当たりにして呆然とする二人の前で、キイイィィィィ……と、何倍もの口径に巨大化した銃口が更に巨大な、バスケットボール大のスフィアを展開する。黒銀色の魔力光で、流麗な銀色の銃身が鈍く輝いた。
「いいか、よく覚えておけ。再生型シングは、ただ倒すだけではENが尽きるまで再生を繰り返すだけだ。再生を行わせずに倒すには、再生する前にそのENを枯渇させる必要があるが……魔力と同じく魔力素から成るが性質の異なるENは、魔力ダメージで減衰させることもできない」
「……?」
 既に鬼の防壁を突破し肉体を貫くどころか粉々に砕け散らせることすら不可能でないほどの魔力を蓄えながら尚もチャージを続け、冷慈はヴィータとシグナム、そして通信に耳を傾ける支局の全員に教授するかのように弁を振るう。
「だが、ENはENだ。魔力ダメージこそ効果がないが、魔力によるENである以上魔力で無効化することは、決して不可能でなない。――消滅効果(バニッシュエフェクト)は知っているな?」
 消滅効果とはその名の通り、魔力によって熱などの物体を持たないエネルギー体を無効化し消滅させる効果を付与する魔法全般を指す言葉だ。比較的能力者の多い「炎熱変換」に対する「炎熱消去」効果は、攻撃や防御においても基礎の内に入る。AMF(アンチ・マギリンク・フィールド)のような魔力を消失させる効果も、消滅効果の上位互換に当たるものである。
「それと理屈は同じだ。ああして生体的に弱ったシングは、俺達で言うリンカーコアに当たる生体コアが露出している状態にある。そこに消滅効果を持つ魔力ダメージを叩き込んでやれば、再生を行おうと行うまいとに関わらず、シングを撃滅することができる。――こんな風に!」
 説明を終え、長槍(パイク)を構える槍兵のようにタスラムを突き出す冷慈。巨大なスフィアは今や眩いほどの輝きを放ち、高密度の魔力に満ち満ちている。
照準調整(ガンクロス・アジャスト)対生体(アンチ・バイオニクス)コア、EN同調(シンクロ)。弾核成形、バレル展開ッ! 
 エアリアル…………バニッシャァァア――――――ッ!」
 引金を絞る。カートリッジをロードしたシリンダが重々しい金属音と共に回転し、発生した魔力がバレルを通過して奔り、スフィアと結合して砲撃の軌跡を描く。星の散る夜空をぶち撒けたように迸った黒銀色の魔力が嵐のように大気を巻き込んで放たれ、鬼の姿を周囲の燃え上がる炎ごと消し飛ばす。
 キリリリリリッと時計の歯車が高速で回転するような甲高い金属音と共に、コアの生体ENがみるみる減衰消滅しているのが目に見えてわかった。魔装闘衣による高々々純度の魔力砲撃が、周囲一切の地形に何一つの痕跡も残さず、ただ鬼の存在だけを削り取っていく。
「――――ふぅっ」
 ジャコンッ! と派手な作動音で冷慈がタスラムをコッキングし排熱動作を行った頃には、鬼も、炎も、何事も無かったかのように跡形も無く消失していた。
 その一部始終を目前で見届けた二人が、息を呑む。
「と……とんでもねぇな、あの砲撃。なのはのエクセリオンとタメ張れるんじゃねーか?」
「あ、あぁ……。充填に時間がかかったことを除けば、まず間違いなく、匹敵している。オーバーSランクのオールラウンダーとは、こういうものか」
 彼女達にとって最も身近な砲撃魔導師、高町なのは――その彼女に、威力だけならば優るとも劣らない純魔力砲撃を目の当たりにさせられ、二人は引き攣ったような笑みを浮かべながら顔を見合わせた。
「おいおい、本職と比べないでくれ。そう何度も撃てる代物じゃないんだからな。痛てて……」
 そこに、ベイオを待機状態に戻した冷慈が肩を押さえながら現れた。久しぶりに高密度の純魔力砲撃を撃ったことで反動(リコイル)を御しきれずに痛めてしまったのだ。何とか感覚を取り戻そうと肩を回しているが、どうにもぎこちなさは否めない。
「さて、何はともあれ作戦完了だ。エイミィ、何も変わった反応はないな?」
『はい。周辺エリアの反応、オールグリーンです。三人ともお疲れ様でした、帰還してください』
 通信からの返答に満足げに頷いて、冷慈は二人を促す。やれやれとばかりに深く息をついて、二人もまた帰路に着くのだった。
 
「…………あの、肩をお貸し致しましょうか? ナハト殿」
「む……いい、一人で飛べる。やれやれ、昔のようにはいかんな、俺も」
 
     ◆
 
 深い(ふか)(やみ)奈落(そこ)。死によって(ひかり)を奪われた者達が行き着いた(はて)の彼岸。
 ――或いは。
 高い(たか)(ひかり)天蓋(そら)。生によって(やみ)から追われた者達が逃げ延びた(はて)の此岸。
 どちらとも取れるがどちらにもつかず、狭間にありながら双方を行き来する。
 
 そんな場所に、彼女(、、)はあった。
 
 光によって、また見る者によって金とも銀とも取れる仄かな色彩の長い髪。整った顔立ちは女性的であるものの、あまりに端整に過ぎる造作は作り物めいて、性別という概念を希薄にさせている。身に纏ったローブのような衣に透けるふくよかな胸と柔らかな肢体が、唯一彼女を“彼女”足らしめる要素と成り得ていた。
「――――」
 眠るでもなく瞳を閉ざし、夢見るように意識を乖離させ……彼女は何かを待ち焦がれるように、或いは永遠に来ないことを(こいねが)うように、ただその場所に在るがまま佇んでいる。
「――――」
 その、氷のように張り詰めた水面に生じる波紋の幻視を感じ取り、彼女は閉ざし続けていた瞳を開いた。黎明を思わせる、仄暗さを残した灰銀の眼が、いつの間にか目前に現れていた黒い人影に向けられる。
「お耳に入れたい事柄が」
 恭しく(かしず)き、その人影は若い男の声でそう告げた。
 頭から足の先までを漆黒の布で多い隠した、痩身長躯の男。唯一垣間見える目元は細く切れ長で、瞳というよりは傷口を連想させる。
「……そう」
 さして興味もなさげに、彼女は再び瞳を閉ざした。だが去れとまでは口にしない。男は構わず言葉を続けた。
「導いていた我らが同胞が、招き入れるより前に彼の者に討ち取られました。またその際、見慣れぬ魔導騎士らしき者の姿が二人、付き従っていたと」
「魔導、騎士……いつもの騎士団(オーダー)(なにがし)と名乗る者らとは違いますの?」
 男が口にした言葉は、彼女にとって少なからず興味を引かれるものだったのだろう。気だるげに薄目を開けて応じる程度には、彼女は反応を示した。
「は、恐れながら錬度の点で雲泥の差があるかと。どうやら素の者ら、彼の者の屋敷に出入りしているようで」
「そう……確認したのは、今日が初めてにございますのね」
「はい。陽の元が天元を指した頃合から、彼の者ほどではないにしろ強大なるものが(とお)ほど、彼の者の下に集ったものと。いずれも女子供ばかりのようですが……力の程は窺い知れませぬ。よもや、機が熟すのを前にしてこのような事態になるとは、」
「構いませんわ」
 何かを危惧するように視線を泳がせる男の狼狽を前に、彼女は切って捨てるように言い放つ。その凛とした響きに、男は刃のような目を見開いて顔を上げた。
「と申されますと――支障はない、と?」
「支障ではありませんわ。問題……いいえ、関係がない、と言っておりますの。万事滞りなく」
 事程左様に感情というものが希薄な声音で、まるで書かれた文字を無感動に追っているだけであるかのように、無機質に言い放つ。あまりの温度の無さに男が気圧されるのも意に介さず、彼女はふと無邪気な物語を紡ぐように口元に清白な笑みを浮かべて、ぽんと手を叩いた。
「……そうですわね、その前に少し、色を探って見るのもよろしいかしら。“もり()”と“やしろ()”、出せますわね」
「は、……」
 彼女の意図するところを汲み取れず、男は口を噤ませる。それを見た彼女はくすりと鈴を転がしたような声でかすかに笑みを深めると、これが最後とばかりに瞳を閉ざす。
「使い方は任せますわ。色を、探る……よろしいですわね?」
 優しいながらも有無を言わせぬ口調に、男は深く(こうべ)を垂れて畏まる。全てを一任する、と言っているのか、ミスは赦さない、と言っているのか……その判断がつかないことが、男を何よりも恐怖させていた。
「い……委細、承知致しました。ではこれにて、失礼させて頂きます」
「よしなに……」
 男の姿が消える。彼女の意識からもまた、初めからそんな事実など何処にもなかったかのように、男は消え失せていた。
 深い(ふか)(やみ)奈落(そこ)。死によって(ひかり)を奪われた者達が行き着いた(はて)の彼岸。或いは高い(たか)(ひかり)天蓋(そら)。生によって(やみ)から追われた者達が逃げ延びた(はて)の此岸。
 彼女はいつも今もその時も、変わらずに一人(こどく)で在り続けることを甘受する。
 全てはただ在るが(まま)……。彼女はただ、待ち続ける。命よりも深い哀しみと、時よりも重い憎しみをその身に孕ませ続けながら。いつの日か、その愛が産声を上げるまで。

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