TOP魔法少女リリカルなのはO's>第四話 第一回「exist in central of around the World」

 
 
 
 
 
――だって、ここは箱庭だろう?
いつしか彼が言っていたあの言葉を、
僕は、此処に来る度にいつも思い出す。
 
――どうしたって閉じているんだ。
――それ以外に、俺はこの在り様を表現する術を知らないよ。
 
それは、体感しなければ理解できないという意味でもあり、
自分の居場所をそう呼ぶ彼の達観を、認めたくないせいでもあった。
 
その箱庭の名は“ゲシュペンスト”――。
死から遠ざけられた者が行き着く世界。
 
その箱庭に唯一生きる彼の名は“帳冷慈”――。
亡き父の友人、そして僕の尊敬する人物の一人。
 
幸福に彩られたいくつかの再会を経て、
慌しい中での初の戦闘も終え、
僕らはようやく、日常から切り離されたこの世界に
腰を落ち着けることが出来始めていた。
 
彼女達にとっては、長期休暇を利用したひと夏の祭。
僕にとっても、忙殺される日々の中のちょっとした休暇。
そんな心の浮き立つ生活に
微かな暗雲が立ち込め始めていることも知らぬまま、
僕らはまだ、この夏が穏やかに過ぎていくだろうと信じていた。
 
魔法少女リリカルなのはO’s――
――はじまります。
 
 ――8月1日 PM6:20 時空管理局ゲシュペンスト支局~中庭
 
 アルステルの陽は長い。
 季節は夏。海や平原に囲まれ年中通して温暖な気候のアルステルは、一般的な環境を持つ惑星の北緯に位置するということもあって、午後六時を回っても今だ夕暮れを忘れさせるほどの陽光に包まれていた。
 そんな中庭の一角。陽光に負けじと煌々とした炎を上げる鉄板や焼き網を囲んで立食に興じている若き魔導師達と距離を置いて、冷慈は花壇の脇に据え付けられたベンチに腰掛け、一人空間モニタに向かっていた。
「連絡が遅くなってしまって、済まなかったな。少しばかりひと悶着あって、時間が取れなかった」
「いいえ。大事でなくて何よりです」
 手にした灰皿に短くなった煙草を落とし込んで、苦笑を返す。その「は、」という噛んで含めるような、冷慈が笑みをこぼすときの独特の癖を目にして、通信の相手――リンディは、ふと安心したように微笑んでいた。
「まあな。クロノだけならともかく、こうも若い連中ばかり……というか、いっそ子供だろう? そんな大所帯を預かるとなれば、緊張の一つもするさ」
 合宿中の教官代わりといえばそうだが、立場を変えれば子供達を預かっている責任者でもある冷慈だ。既に十二分に一人立ちしているクロノやエイミィが引率しているとはいえ、初日から連絡の一つもなし、というのもなんだ。
 勝手知ったる仲ではあるが、だからこそ通すべき筋というものもある。
「まあ、ともあれ万事(つつが)無く、だな。個人的にはもう少しゆっくりさせてやりたかったんだが、年がら年中平和を謳歌できるわけもないのがこの世界だ。悪いが大目に見てくれよ、リンディ」
「それはもう。短い付き合いでもなし、信頼していますよ。私もクロノも」
 冷慈が言うと、リンディは何を今更とばかりに肩を竦めて見せた。
「ところで、今フェイトは?」
「ああ――」
 例のシング――鬼討伐に出撃した冷慈とシグナム、ヴィータが帰還してから暫し。予定していた歓迎を兼ねたバーベキューパーティは、参加者の強い希望もあり、結局ものの一時間足らずで予定通り開催する運びとなった。
 主催側である冷慈とリニス二人ではとてもではないが人手が足りず明日にするかと考えていたところだったが、サバイバル経験のあるクロノや喫茶店の娘であるなのは、元々料理をはじめ家事の得意なはやてを中心に全員で取り掛かればこの通り。参加者の手を煩わせるのは心苦しいと思っていた冷慈だったが、皆は皆でそれなりに楽しんで準備を進めていたのを見て、少なからずほっとしていた。
 そうして、現在。リンディの言葉を受けて、和気藹々とした団欒へと視線を向ける。一向に沈む気配を見せない陽の光に映える檸檬色の髪と、それに負けないくらいに眩しい笑顔に、冷慈は目を細めた。
「リニスや友達と一緒だよ。……代わるかい?」
 モニタの視点はフリーにしてある。リンディもその姿を目にしたのだろう。視線を戻すと、冷慈と同様に優しげな笑みを浮かべたリンディの表情があった。
「いえ、やめておきます。折角のご家族との再会ですもの。水を差すのも憚られますし」
 答えるリンディの目に寂しげな色はない。
 あまり気負い過ぎるのもどうかとは思ったが……それでも冷慈は彼女達が上手くやっていけているのを知っていた。何を言えばいいというものでもないだろう。
「今は君だって家族だろうに。まあ、回線ならいつでも繋がるよう確保してある。折を見て、声をかけてやればいいさ。遠慮だなんだとあまり距離を置いてしまっては、あの子も恐縮してしまうんじゃないかな」
「ええ、そうさせていただきます。……難しいですね。別々に育って、後からなった(、、、)家族というのは」
 それはもしかすれば、話せる相手がいないまま宙に浮いていたリンディの秘めた本音だったのかも知れない。
 思えば二年半。冷慈如き他人では立ち入ることの叶わない複雑な事情で縁を結んだ彼女達だ。“親”を名乗ると決めたリンディの決意が如何ほどのものであったのか、ましてや二人の親を持つことを受け入れたフェイトの心情がどう揺れていたかなど、知る由もない。
「それを俺に言うか? 結婚だって似たようなものだろう」
 安易に同情して慰めの言葉をかけるのは簡単だ。だがリンディがそれを求めていないことを、冷慈は決して弱くはない意思を滲ませた瞳から感じていた。
 結局、冷慈は敢えて当たり障りのない言葉を選んで茶を濁す。冗談めかして話題を変えることが、今の冷慈にできる唯一の優しさだった。何の結論も出なくとも、それを冷慈が聞いたという事実は、それをリンディが口にしたという事実は残る。それでいい。
 答えを出すのは、いつだって自分だ。
「それは、まあ。お互い様ですね、色々と」
「だろう? 一事が万事、何でもかんでも上手く立ち回ろうなんて思わないことだ。失敗したって伝わる誠意はある。……って、説教臭くなってしまったな。それに、答えなら全部あそこにあるだろう」
 言って、もう一度フェイト達へ視線を傾ける。幸せを感受することに何の迷いも疑いもない姿が、そこにはあった。彼女達のしてきたことの結果に答えというものを求めるのならば、あれこそがその全てだ。
「えぇ……本当に。じゃあ、そろそろ失礼しますね。少し脱線しましたけど、無事は確認できましたし」
「あぁ。時間を取らせて悪かったな。また何かあったら、いつでも連絡してくれ」
「はい、ありがとうございますレイジさん。……それでは」
 通信が切れる。不意に訪れた静寂に遠く賑やかな声が聞こえ、冷慈は懐から煙草を取り出しながら、もう一度その喧騒へと視線を傾ける。
 と、その視界が、唐突に遮られた。
「いいんですか? 主催がこんなところで油を売っていて」
 馴染みのある声に顔を上げる。今しがたまで話していた彼女と良く似た穏やかな、それでいて凛と芯の通った精悍な顔が、そこにあった。
「クロノ……。主催ったって、そんな大層なものでもないだろう。出番があるとすれば、明日からだな」
 かきん、とオイルライターの響く音と共に火を灯す。ちりと焦げる煙草の先が妙に明るいことに気付いて見上げると、さきほどまでそこにあったような気がする太陽はとうに彼方の大地に触れ、薄く雲の靡く東の空は既に宵の様相を呈していた。
「今日も終わるな」
 陽は長く、夜は早い。それがアルステルの慣わしだ。想生したてで慣れぬ者は更かす夜もあるだろうが、概ねこの街の住人は一日の活動を太陽と共にする。
 今頃はどの過程も団欒を終え片付けを済ませ、明日への英気を養う為の時間を穏やかに過ごしていることだろう。
 クロノもまた、冷慈と同じように空を見上げていた。
「明日からは、ようやく本番ですね。どうですか、彼女達は?」
 だが、視線を戻したクロノが口にした言葉は、冷慈の感じているものとはまた違った時間に生きている人間のそれだった。
 終わろうとしている今日を未だに過ごそうとしている冷慈に対して、クロノはもう既に、来るべき明日に生きている。それを若さと呼ぶのであれば、それは確かに、今や冷慈には失われてしまったものだと言える。
「……こんなときまで仕事の話か。そういうところは、父親譲りだな」
 思えばあいつもそうだったな、と懐かしみながら、クロノを見る。忘れ難い面影がそこにある。
「父親譲り、ですか」
 そう語るクロノには、少なくない寂しげな色があった。
「譲り受けられるほど、長い時間を共にしていた思い出はないんですけど、ね……」
「…………」
 クライドが関わり帰らぬ人となったあの事件は、もう13年も前の出来事だ。そのとき、クロノは僅かに3歳。物心がついていたかどうかさえ曖昧な、そんな時期だ。父親について、写真以外に記憶はない、と言われても納得せざるを得ない。
 悲劇という言葉で括ってしまうのは簡単だ。父親のように慕う人物はいても、やはり、本当の意味で彼の父親足り得る人間は、もうこの世の何処にもいない……現在に幸福があるように、過去の悲しみもまた、厳然たる事実として現在に流れている。
「血、だろうともさ。学ばなくても伝わっていくものはある。親子ってのはそういうものだと思うがな」
 だから、かも知れない。気付けば冷慈は、そう口走っていた。それが単なる慰めだとは思いたくないが、親友と呼べる数少ない友である彼の遺したものに、一つでも多くの意味が欲しくて……冷慈はそれを、クロノに求めていたのかも知れない。
「そういう、ものですかね」
 自分の胸に手を当てるクロノが、その意味を感じているかはわからない。だがそうして思い出そうとする意思が残された者にあるのならば、それは全くの無意味ではないのだろう。
 死は、喪失ではない。それは受け継がれていく何かへの糧として、尊くも厳かに融け込んでいくものだ。それが、多くのものを失った末にこの世界に辿り着いた冷慈の得た、一つの結論だった。
「そうさ。他ならぬお前が、そう思わなくてどうする。……だろう?」
「……そうですね」
 そう答え笑うクロノの表情はクライドの面影を残し、それでいて、同時に冷慈がよくそうするような苦笑の形にも、どこか似通っていた。
「もう戻れ。お前らと話していると、どうも説教臭くなって敵わん」
 たまの知り合いと昔話に興じるのも懐古的で悪くはないが、立て続けに妙な本音をこぼされるのも閉口ものだ。そうさせてしまう何がが自分にあるのだということは理解しているものの、弱音ばかりを耳にして気分のいいものではないということも確かだった。
 無論、クロノ達に非があるというわけでもないのだが。
「ちゃんと食っておけよ。明日からはぶっ潰れるまで動き回らせるつもりだが、それはお前だって例外じゃないんだからな」
「はは……怖いですね。ええ、今日くらいはゆっくりさせてもらいます。艦長職に就いて日は浅いですが、まだまだ前線の空気を忘れるつもりもありませんから」
「それでいい。あの子達もそうだが、俺からすればお前だってまだまだ若いんだ。余計な苦労背負い込んで老けこむようじゃ、折角できた妹にも心配かけるぞ?」
「む」
 妹、という単語に、困ったように言葉を詰まらせるクロノ。冗談の通じない性格もよく似ている。その様子に呵々と笑って、冷慈はベンチから腰を浮かせた。
「さて、ともあれ俺もメシだな。――おーい、俺の肉残ってるだろうな!」
 言うが早いか、自分を置いてさっさとパーティの中心へ向かう冷慈に、クロノは思わず溜息を漏らした。その緩んだ口元を自覚したまま、ふと思い出したように塀の向こう、中庭からは見通すことの出来ないアルステルの街並みの代わりに、遠くの空へ視線を向けた。
「っておいリニス!? そいつは俺の秘蔵のシラーじゃないか、何勝手に開けていやがる!」
「……はは、」
 時折――本当に偶にだが、冷慈は日常的な声の中に凄みを感じさせることがある。
 ドスをきかせる、とでも言うのか。言うまでもなく本気か冗談かを区別できる程度には使い分けているのだが、いずれにせよ、それが帳冷慈という人間の“本来”だということを、クロノは知っていた。そしてそれが、彼のあまり人に聞かせたくない類の過去に由来するものなのだということも。
「――――」
 もっとも、その100%……レイジさんが本気で怒っ(キレ)たときの声など聞く機会はないだろう、と。クロノは思う。
 ここ(ゲシュペンスト)はお世辞にも平和とは言い難い世界だが、存在する脅威はシングという名の化物だけだ。人間らしい知性はおろか意識すらなく、ただ斯く在れかしとばかりに本能的に他者を鏖殺するだけの化物――そんなものが相手なら、冷慈もクロノも実務的に力を振るうしかない。それは戦いというよりも、処理という方が正しい。そんな戦闘。
 なればこそ。対立する思想や理念などというものが存在しない戦闘だからこそ、冷慈は理不尽に対する苛立ちはあっても、心底の憎悪は抱かない。ただ処理す(かたづけ)るだけだ。怒りなどない。
 かつてのような荒々しさなど取り戻す必要はない。そういう意味で言えば、この世界は冷慈にとって似つかわしくなく、だからこそ良いのだろう。最後……或いは最期の居場所として、ここは帳冷慈という人間にとって非道く優しい。
 少しずつ角を落とすように丸くなればいい。少しずつ刃を削ぐように鈍ればいい。そうして少しずつ、穏やかになっていけばいい。冷慈は。そう思う。そう、願う。
「ん、どうしたクロノ。来ないのか?」
 そうして、クロノは暫し我を忘れていた。気付けば冷慈が振り返り、クロノを見つめている。
「あ、はい」
 そう応え、しかしクロノはその場に立ち尽くしていた。なんとなく距離を置きたい、そんな気分。言い方を変えれば、冷慈に自分よりも彼女達に近しくなって欲しいと、そんな感情とも言えた。
「少し風に当たってから戻ります。お構いなく」
「そうか? 肉がなくなる前に戻って来いよ」
 皆の下へ歩み去る背中を見送って、クロノは喧騒から遠ざかるように中庭へと歩を進めた。色とりどりの夏の花々が、ようやくにも訪れた黄昏の中で儚くも風に揺れている。
 今この瞬間、此処は確かに、どの時代の何処よりも穏やかだと。そう思う。それが今のクロノ自信の、唯一の精一杯だった。
 
     *
 
「ちょっと、意外だったな」
 リニスが余らせるつもりで買い込んでおいた食材が半ばほどになった頃。パーティを始めてから席を外していた冷慈を迎え、皆は食事もそこそこに箸を置き、飲み物を片手にゆったりとくつろいでいた。
 立食形式のバイキングに近い形だったが、今や立っている者の方が少なく、食堂から運び出した椅子に掛けてテーブルにグラスを置いているものがほとんどである。
「何がです、フェイト?」
 アルコールに火照った頬を手のひらで扇ぎながら、妙にしみじみとこぼすフェイトに何事かと向き直るリニス。
 その怪訝な顔に、フェイトはいかにも重大なことを尋ねるようだった口調を改め、一転してそれがさも的外れな質問だと理解しているように俯いて言葉を紡いだ。
「いやその……リニスもお酒飲むんだなって」
「あぁ――」
 今更のように言われて、リニスは手元のグラスを見遣る。半ばほどまで注がれた紅玉に似た色彩の液体も、そういえばこれで何杯目だったか。冷慈が戻ってそうそうかぱかぱと空けたせいもあって、既に数本の空き瓶とコルクが転がってはいるが、リニス一人でも一本分は軽く消費していたはずだ。
「昔は食卓に並ぶことなんてありませんでしたしね。……やっぱり、気になります?」
 時の庭園で暮らしていた頃は、真っ当に酒が飲める人間といえばプレシアくらいのものだった。だが病を患っていたこともあり、日がな研究に没頭していた彼女はアルコール類を好む性格ではなかった。
 当然、不要な嗜好品を自分ひとりのために調達するリニスでもなく、当時の生活の中で酒などというものが振舞われることはなかった。せいぜいが、料理の香りつけにワインが使われていた程度だ。こうして飲み物として直接口にすることなど、実際リニスもこの世界で想生したばかりの頃は考えてもいなかった。
 それに変化が生じたのは、そう。
「勧めたのは俺なんだがな」
 やはり、冷慈という存在が大きく影響していた。如何なる意味においても、今のリニスを構築する要素のおおよそは、冷慈から与えられたものなのだ。リニスはそれを概ね好意的に解釈しているが、まあ良くも悪くも、というヤツなのだ、それは。
「――『酒に呑まれるようなのは以ての外だが、嗜める程度に覚えておくのも悪くはないもんだ。愚痴るにも盛り上がるにも空元気の動力にするにも』でしたっけ。腐っていた私の目前にショットグラス叩きつけて、テーブルに染みが広がるくらいスピリタス注ぎながら口にした、貴方の言葉は」
「は、よく覚えているな。その通りだリニス。もっとも、勢い良く煽った挙句、お前はそのまま突っ伏してしまったワケだが」
 初心者相手にいきなり火がつく程のアルコールを突き出しておいて、何をか言わんやである。が、さしものリニスもこの物言いに10年も付き合ってきただけあって、さらりと流すだけの器量は身に付けていたが。
「……そうでしたね。それでも、貴方の言ったことは良く覚えていますよ。『人間ってのは、酒が呑める歳になると途端に面倒臭い生き物になるのさ』とか。余計なお世話ですよ、まったく……そうは思いませんか、フェイト」
「――え? あ、うん。そう……なのかな?」
 突然話を振られて慌てるフェイト。思わず助けを求めるような視線を送られたなのはが、頬を掻きながら苦笑を浮かべていた。
「にゃはは……オトナな話過ぎて、わたし達にはちょっとわからないね」
「そうだろうさ。一度抜けば何の役にも立たん、コルク栓みたいな持論の一つだしな。聞き流せよ」
 決まり文句のように吐き捨てて、冷慈は笑う。『人生余計に生きてる人間の戯言だ』と、それは冷慈の口癖だった。
 結果、それを聞き流せない者ばかりが、今こうして冷慈の周りに集まっているわけなのだが。
「……難儀だな、どうも」
 ひとりごちて、冷慈は網の上で串焼きをひっくり返すのだった。
 
     *
 
 賑やかな冷慈の声、騒がしくも楽しげな空気、日常を外れた日常、理に背く摂理を歪めた世界――そんなものを庭園を渡る風越しに感じながら、クロノは中央に位置する時計台の下、ちらほらと星の見え始めた東の空を眺めていた。
「――――」
 どれほどの年月が過ぎたとしても……この世界は、決してその在り様を変えることはないのだろう、と。不意にそんなことを考える。
 クロノからしても近く、それでいて遠い存在である彼。帳冷慈。彼が此処にいるという事実それ自体が、恐らくは何かしらの約束が果たされた結果なのだろうと、そう思わずにいられない自分がいることを、クロノは感じていた。
 ――世界の選択。
 そんな言葉が()ぎるほどに、冷慈という存在を受け入れたこの世界はそれだけで完結している。いっそ不自然なほど自然に。
 物語的に言えば永劫不終(ネバーエンディング)、遊戯的に言えば千日手(パペチュアル・チェック)、人生で例えれば……不老不死(ノーライフ・アンデッド)、だろうか、やはり。
「どうしたのクロノ君、こんなところで」
 呼ばれ、振り返る。帰りが遅いことを案じて探しに来たのだろう。頼れる相方の慣れ親しんだ顔が、そこにあった。
「エイミィか。なに、ちょっとな」
「考え事? どこにいても変わらないね、クロノ君は」
 レイジと同じ言葉で呆れるエイミィに、クロノは憮然となった。だが、考えて見ればそうなのだろう。自分の頭がひどく固いということくらい、自覚していないクロノではない。
「そうかな。……いや、そうなんだろうな、きっと」
 首を振って、クロノは考えていたことを思考から締め出した。
「らしくないと思うか?」
「さあ~、どうだろうね? ま、あたしはそういうとここそらしい(、、、)と思うんだけど」
 からりと言ってのけるエイミィは、本当にいつもどおりだ。クロノにも日常というものがあるのならば、これこそがそうなのだろう。
「『大いに悩め、少年!』、とか。あの人なら言うんじゃない? クロノ君憧れのレイジさんならさ」
「はは、言われてるよ。もう何度もな。――戻ろうか。悪かったな、わざわざ探しに来させてしまって」
「なんのなんの。あたしにとっては、もうこれが役割みたいなもんだしね」
 何の躊躇いもなく口にしたその言葉に、クロノは思わず口元を緩めた。甘えているな、と思う反面、悪くないと思う自分もいる。なればこそ、これこそがやはり日常だ。在るべくして、正しく。
 そうして向き直り、クロノは足を踏み出す。呼ばれるままに。今自分が立っている、家族や仲間といった言葉で結ばれた世界の、その中心へ。

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